2012年2月 1日 (水)

手書きの効能

いつの頃からかは忘れたけど、歌詞を考えるのにもパソコンを使うようになった。ネット上で「1週間に1曲作るぞ」って宣言して、ホントに1週間に1曲作ってたときは、ノートに殴り書いてた。だから、1冊なんてすぐ終わった。ノートに書いては、それをパソコンで清書するような作業をしていたから、めんどくさくなって最初からパソコンで書くようになった。そうなったのは、結構最近。で、曲ができるペースが落ちた。

最近、iPadをよく使っているので、この間はiPad相手に手書きで歌詞を書いて曲を作ってたら、なんと、すぐに1曲できた。
ペンで文字を書くって作業は、脳みそを刺激するんだろうか。
しばらく、こうやって曲を書いてみようと思った。
iPadは、やっぱりアナログチックなところがあるのがいいんだな。
それにしても、できたばっかりの曲って、名曲に聞こえるだよなぁ。毎度のことだけど。早く録音しなくちゃ。

新曲?公開。

知る人ぞ知る、私の最も得意なタイプの曲。
それをとうとう、ネットで公開しました。

http://musictrack.jp/musics/44686
これです。
「フォークソング研究所」

おヒマだったら、聞いて損は無いかもしれません。

2012年1月30日 (月)

古代も今も「今の若いものは・・・」

「今の若いものといったら、、、」という嘆きは、古代のメソポタミア文明の粘土板にも書かれていたらしいですが、文字通りいつの時代でも言われていたことのようです。「今の若者はなっていない。誠に嘆かわしい時代になったものだ」という意味で使われていたものです。
でも、本当にそうでしょうか。
私のおふくろが「最近の若いものは、、、」という話を二つしてくれました。
それぞれ別の日の出来事で、私に話してくれたのも別の日でしたから、話したおふくろ本人も、このことはもう忘れているかもしれません。

一つは鴨宮駅前でたむろしていた高校生グループに自宅までの荷物運びを頼んだところ(我が実家は駅の目の前です)二つ返事で応じてくれたので、うれしくなって1000円のお駄賃をあげたらしいのです。
そんなことがあったことも忘れていたある日、小田原駅前で人待ちをしていたら突然高校生が近づいて来て「やっぱりそうだ、あの時のおばちゃんだ。あの時はありがとうございました!また何かあったら言ってください」とペコリと頭をさげたそうです。あの、鴨宮駅で荷物を運んでくれた高校生だったそうです。すごくうれしくて、こんなこともあるんだなぁとしみじみ思ったよとおふくろ。
また別の話ですが、私の家から自分の家へ帰る道すがら、方向がわからなくなってしまい(おふくろは極度の方向音痴です)、交差点で自転車から降りて信号待ちをしていた小学生に「鴨宮駅に行きたいんだけど、どっちかな」と聞いたら「僕もちょうど駅へ行くところだから、いっしょに行こう」と、二人で駅まで行くことになったそうです。そして駅近くにある銀行が見えたところで「あー、ここがどこだかわかったよ」と言うと、その小学生は「じゃ、もう大丈夫だね」と自転車にまたがり、来た道を戻って行ったそうです。つまり、その小学生は駅には用事がなかったのに、このおばちゃんを送って行ってあげるため優しい嘘をついたのです。
どちらの話をしているときも「とてもうれしかった」と、おふくろは言っていました。そして「今の若い人たちは偉いねぇ」と。

今の日本、いろいろと問題はありますが、こんないい若者たちもたくさんいるんですね。きっと、これもいつの時代も同じなのだと思います。つまり、いいことよりも、悪いことのほうが記憶に残るのだと思うのです。
悪いことをくよくよするよりも、いいことを心に残すようにしたほうが、みんな幸せになると思うのですが、なかなか難しいのでしょうね。
それは、古代文明のころから、同じなのでしょう。

2012年1月29日 (日)

世界評準が正しいのか?

昨今、巷を騒がせていることに、東大の9月入学があります。
世界にあわせるということらしいのですが日本人としては当然のごとく、違和感を感じずにはいられません。
ここで思うのが、世界にあわせることがそんなに大切なことなのか、ということです。
話の種類は違いますが、外国へ旅した時に日本のお店の接客態度の良さを改めて感じることがあります。もしかすると、日本人だからとバカにされているのかもしれないと思うことすらあります。その点、日本のファミリーレストランレベルでも、不満に思うことはあまりありません。きっとそれは「相手を思いやる」という習慣が身についているからではないかと思います。日本人の美徳だと思っています。日本人が昔から大切にしてきたことの一つです。大切にして残ってきたものには、きっと大きな意味があるのだと思います。
それは日本の気候や気質のようなものから生まれ、育くまれてきたものなのでしょう。日本の評準はあくまでも日本の評準なのです。そして先程書いた「人を思いやる習慣」というものの日本の評準は世界の評準の上を行っていると思います。このほかにも、世界評準より優れている日本評準はたくさんあると思うのです。
今回の「9月入学」の話は、頭のいい人がよってたかって考えた結果なのですごく深いところまで考えているのでしょうが、残念に思うのは工夫が感じられないことです。単純に「世界にあわせる」だけであって、日本独自の方策といったものがないことです。「欧米を真似して新しいものを生む」という高度成長期の名残りというか、日本人の癖が出てきたような気がした今回の「9月入学」の話でした。
だから個人的には、やっぱり卒業式や入学式は桜の時期なのです。
なぜならそれが日本だからです。

2012年1月26日 (木)

人間ドックの結果

今日、先日行った人間ドックの結果が届いた。
まぁ、人間やって46年。人間ドックやって11年。こんなにひどいのは初めてだ。
「何々の疑いあり」みたいのが、そここにあります。
結果、再検査だ。
親父の家系は、みーんなガンで亡くなってるし、とうとう俺にもその兆候が出始めたかなぁ、みたいな。
目もこの間の精密検査で緑内障が発覚したし。いけないなぁ。
とにかく、歩こう。まずは、体重を落とそう。

2012年1月22日 (日)

さっきの日記の続き(過去の日記から)

さっきの日記に従兄のことを書きましたが、従兄のことをすごく詳しく書いた日記がありますので、ブログに載せたいと思います。
2006年10月に書いたものです。6年以上前の日記。とにかく、この日の出来事に驚いたので、忘れないようにと書いたものです。

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昨日、自分の人生の中でも、もしかすると1番びっくりしたんじゃないかってことが起きたんですよ。

昨日、ちょっとした仕事のトラブルであるお寺に行きました。俺の絡んだ原稿に、誤った記述があるから確認してみろというクレームが読者から入ったんですね。それがそのお寺に関することだったんです。初めて行くお寺、地図で場所をしっかり確認し、恐ろしく方向音痴な俺でも到着できるよう、頭に場所をたたき込みました。
無事に、現地に到着。(実は、駐車場を間違えて、全然関係ない敷地の駐車場にとめてたんですが、そんな間違いは俺にとっては非常に小さい)
お寺の本堂を見たとき、「あれ?見たことあるな、ここ」と思ったのですが、よく考えてみたら、2年くらい前かな、大きな木があって有名なお寺におじゃましたことがあって、そこの本堂に似ていることに気がつき、そうだよなぁと納得したわけです。
で、問題の場所を確認、確かにクレームのとおりだ。まずいなぁ。それを書いた先生のところへ電話したり、クレームの本人へ電話したり、お墓の前で俺は頭下げまくって何やってんだ状態。
で、話がひとしきりしたので、帰ろうとふとまわりを見ると、「あれ?この風景、見たことある」
それに気がついたとき、なんていうのかな、ぞわぁ~って鳥肌が立つ感じ。初めてのはずが、見たことある。それも確かに見たことあるという確信がある。じゃ、いつどこで見たのか、それもはっきり思い出した。
夢で見たんだよ。
結婚したころだったから、もう16年か17年前だ。「じゅんぼう、おまえ、俺の墓参りに来いよ」みたいなことを夢の中で亡くなったいとこに言われたんだよ。「場所がわからないだろうから、教えてやる」って、夢の中でお墓まで見せてくれたんだよ。
そのいとこは、俺が子どもの頃、うちの家業、新聞販売店だけどね、配達の手伝いをしていたの。すごく俺のことをかわいがってくれていた。高校生くらいの年齢だけど、いわゆる不良だったんだろうな。たぶん学校へは行ってなかったと思う。でも、俺のことはかわいがってくれていて、はっきり覚えていることがひとつあるんだ。俺のおふくろの誕生日だった。夕飯にカレーライスを作ってたんだね、いい匂いがしていた。いとこは四つんばいになって、馬になってくれて、俺を乗せて遊んでくれていた。「いい匂いだね、今日はカレーだね。おかあさんの誕生日だからね」なんて話をしていたら、「夕刊を早く配りに行け!」という声がしていとこは俺を背中からおろして飛び出ていった。

雨が降ってきた。
いとこはなかなか帰ってこない。いとこの妹さんが、やっぱりうちの手伝いをしていて、夕飯を作ったりしていたの。そしたらね、別の販売店の人がうちに飛び込んできたの。ホントに飛び込んできたという表現がぴったりだった。いとこの帰りが遅くて心配してたから、うちの家族も店先にいたの。そしたら、その飛び込んできた人が何か言った。そうしたら、お姉ちゃんが何か叫んだ。座り込んで泣き出した。まだ4歳くらいだった俺も、何が起こったか直感でわかった。一応、「どうしたの?」って聞いた。みんなが何を言っているのか、よくわかんなかった。人違いでしょ、っておふくろが言ってた。でも、もう、いとこのよっちゃんは帰ってこないことが、小さい俺でも心でわかった。
その後、間なしに、そのいとこのうちのおばちゃんとおじちゃんは離縁した。だから、いとこのよっちゃんのことは、全然わかんなくなった。お葬式に出たとき、おふくろが泣いているのを初めて見たのと、よっちゃんのほっぺたにタイヤのあとがついているのだけは、はっきり覚えている。

そのいとこのよっちゃんが、俺が結婚してまもなく、夢に出てきたんだよ。なんか、気持ち悪いじゃない。おふくろに言って、お墓参りをすることにした。おふくろも「気持ち悪いから行け」と言ってたしね。でも、俺がお寺を勘違いしてたんだね、いくら探しても、どこにお墓があるのかわかんなかった。夢で見た風景には似ていたような気がしたけど、お袋から教わったと思われる場所になかった。その時、改めて親族に聞けば良かったんだろうけど、まぁ、墓参りをする努力はしたんだからいいだろう、みたいな感じでお墓参りをしなかったんだなぁ、俺。
それから、そのことは忘れてた。

で、昨日。その夢で見た風景が目の前にあった。
「うそだろう?」
確か、夢だとあのあたりがお墓のはずだと、目をこらしながら近づいていった。墓石の名字が見えた。文字通り立ちすくんだよ。
間違いない。いとこの名字だ。
もう、無縁さんになってるだろう、その墓石の前に立った。涙が出てきたよね。ホントに、泣けてきた。よっちゃんと、37年ぶりに会った気がした。ごめんな、と言ったよ。何もできないけど、落ち葉で埋もれそうになっていたところを掃除した。おじさんも昭和63年に亡くなったらしい。墓石を見てわかった。俺が4歳の時に死んだと思っていたよっちゃんも、墓石を見たら俺が3歳の時に亡くなっていることがわかった。きっと、あの日の出来事は俺の人生の中で一番古い記憶だ。
それと落ち葉を拾っていて気がついたことがあった。無縁さんになっているはずのお墓に掃除道具が隠れておいてあった。あぁ、おばちゃんが時々来てるんだなって。大人になってから聞いたんだけど、なくなったいとこは相当悪かったらしい。「あいつは、死んで良かったんだ」と言う親族までいる。おばちゃんもかなり苦労したらしい。でも、死んで37年もたってもおばちゃんは、きっと一人で息子に会いに来てるんだなぁって。誰も、今では話にも出さないけれど、おばちゃんは忘れずに、会いに来てるんだなぁって思ったよね。親はありがたいって、思った。同時に、すごく残酷なことが起きていたんだってことも気がついた。
そんなことを思ったら、しばらくその場から離れられなくなっちゃってね。なんか、すごい体験をしている気持ちになってねぇ。
冷静に考えると、葬式に出たんだから、納骨にも立ち会って、このお墓の風景は3歳の俺は見てるんだよ。それが脳みそのどこかに隠れていて、何かの拍子に夢に出たんだろうね。
それにしてもさ、なんか、すごいなぁって。いろんなこと考えたもの。
昨日は、もちろんお線香なんて持ってなかったからね、今度の休みに、お線香を持って墓参りに行こうと思ってる。
なんか、いろんなことに感謝したい気持ちになったふしぎな出来事でした。よっちゃん、ありがとうって言って、お寺を出てきました。

誕生日と命日

昨日はおふくろの誕生日だったので、少しばかりのプレゼントを買った。オヤジが死んで、もう2度目の正月を迎えたので、おふくろもすっかり一人暮らしに慣れているようで、意味も無く「元気か」といような電話をすっかりよこさなくなった。
誕生日の当日に行こうと思ったが、あいにくの雨だし客人も来るので、今日にまわした。
おふくろの誕生日は従兄の命日でもあるので、自分の記憶の中では一度も誕生日らしいことをしたことがない。従兄はうちの商売である新聞配達のバイトをしていたのだが、その配達の途中、事故で亡くなったから。(そのことは、このあとの日記に詳しく書きます)
今日、午前中に実家にプレゼントを持って立ち寄った。おふくろは昨日、従兄のお母さんであるおばちゃんといっしょに、墓参りに行ったらしい。俺もこれから行ってくると告げて、お寺へ向かった。

お墓は奇麗はお花が生けられて、雨で途中で消えたお線香があった。昨日のおふくろたちのものだろう。それを奇麗に片付けて、新しいお線香をあげた。
昭和44年1月21日、16才で逝った従兄のよっちゃん。16才か。あまりにも早すぎる。うちの子は20才と16才。おれの下の子の年齢で逝ったのか。あらためて、親であったおばちゃんやバイトとして毎日接していたおふくろたちの悲しみがいかばかりだったのかと胸が詰まる思いがした。想像ができない。

お墓参りから帰って来たらいっしょに昼飯を食おうとおふくろから言われていたので、迎えに行った。
道すがら、最近おきた出来事を話してくれる。ラッキーな出来事がよく起きるんだって話を一生懸命していた。階段から落ちそうになったら、たまたま後ろの人が助けてくれたとか。きっと、親父が守ってるんだなって思って聞いていた。そういわれると、自分もラッキーなことがよく起きる。仕事でもプライベートでも。きっと、だれかが守ってくれてるんだと思っている。
今日も、コロナワールドまで散歩をしての帰り道、信号が青になったほうへと歩を進めていたら、よっちゃんの事故現場を通る道へと導かれた。偶然だろうが、ちょっと因縁めいたものを感じた。
43年前と同じように、雨あがりだった。
おれを守ってくれているのは、よっちゃんなのかな。
そんなことを思いながらの帰り道だった。

2012年1月21日 (土)

子供のころの「未来」

最近、よく思うんですけれども、子供のころに夢描いていた未来の世界が、すでに来ているなって。
幼稚園の頃、夢に見ていたのは自分の二段ベッドの小さな棚にテレビが置いてあったらいいのになぁ、ってこと。でも、あきらめていました。こんな小さいテレビなんてないから。それに、テレビはみんなで見るものだから。
それがいま、携帯電話でもテレビが見られる時代です。

幼稚園でならった歌に「1年生になったら」という歌があります。「1年生になったら、1年生に鳴ったら、友達100人できるかな」という歌ですね。100人の友達なんて、大変だなぁ、100人友達がいたらどうなるのかなぁって思ってました。100人なんて友達、絶対できないよなーって。100人とお話しするだけでも大変だもん。お友達と言えるまで仲良くなるのは、大変だもん。
実際、40年以上生きて来て、友達、何人できたんだろう。
でも、最近はミクシィやFacebookで「お友達」が100人単位でいる人がたくさんいます。そして、ホントに友達が100人以上いると勘違いしている人もたくさんいます。でも、見かけ上のお友達は、すぐ作れる時代です。

子どもころ、描いていた未来がいま来ています。とても便利な世界です。
インターネットの世界なんて、想像もできていなかったので、頭に描いていた以上の便利さを手に入れています。本物の「鉄腕アトム」が、そろそろ産まれるんじゃないでしょうか。子供のころが思っていた通り、科学はどんどん進歩しています。
そうして、わたしが子どものころ思い描いていた未来は、現実のものになっています。
そして、そこは、みんなが便利さを手に入れて、ニコニコと笑いながら幸せになっいる世界のはずでした。
思っていたのと違うのは、それだけです。

2012年1月20日 (金)

発想の転換

ここのところ、iMacもしくはMacBook Airが欲しくてたまらなくなっておりました。
iMacが欲しい理由は、あの大画面。私のメインマシンはMacBookですが、それを買って以来、デスクトップマシンから何年も離れていることもあり、そろそろじっくりとパソコンをいじってみたくなったんです。それにiMac、あの堂々たる姿の割に安いしね。
一方、MacBook Airが欲しい理由は、高性能のマシンを気軽に持ち歩きたかったということ。仕事でもビシバシ使いたい。マックで仕事をしたい。そういう気持ちです。
つまり、二つの理由で二つのマシンを欲しくなったのです。
で、今日は仕事帰りに考えをまとめようとPC DEPOに寄りました。
まず、MacBook Air。11インチ画面と13インチ画面がありますが、バッテリーの持ちが倍の13インチだろう、と「買うときはこっち」と決めています。
持ってみると、軽い。そして、この魅力の薄さ。ものすごく薄いからよけいに軽く感じるんでしょう。いやぁ、かっこいい!これを持って歩くってなんてすてきなんだろう。購入した自分を想像しちゃってワクワクしてきます。
そして、iMac。画面、でっかーい。27インチだぜ。それに、すっごい奇麗!こんなのが部屋にあったらカッコいいだろうなぁ。自分のMacBookの4倍の広さだぞ。こんなでっかい画面で、何しよう。映画なんてみたらいいだろうな、iTunesをいじりながら仕事も余裕できる広さ。それに、処理速度も速いんだろうな。などと、こっちでもまたワクワクしちゃっています。
二つのマシンの間を行ったり来たり。そして、PC DEPOの中をあっちこっち歩き回りながら考えました。「どっちがいいだろう」

30分もうろちょろしてると足がだるくなってきました。そう、最近、パワーアンクルをつけて歩いてるんですよ。ダイエットのためにね。2年くらい前もやっていて効果があったのを思い出して、またやってるんです。体に負荷をあたえながらの日常生活は、基礎代謝をあげるためにもいいと、ネットで読みました。
足に、バワーアンクルの重さを感じながら「これでやせるといいな」なんて思いながら、ふと「パワーアンクルだけじゃなくて、重い荷物を持って通勤してりゃ、もっとダイエットにいいんじゃないか」って頭をよぎった。そういえば確かプロスキーヤーの三浦雄一郎さんは80才近いのに、毎日10キロ以上の重さのリュックを背負って健康のために散歩しているってサントリーのサプリの宣伝に載ってたな。あー、俺もまねしちゃおうっかなー、なんて思った。なんか、通勤でリュックにおもりになるものを詰めて歩こうかな・・・。何がいいかな。うん、パソコンでいいな。MacBookなんて、ちょうどいいんじゃないかな。

ん?MacBook?

ここで気持ちは決まりました。
今のメインマシンを、MacBook Air の代わりに持ち歩こうと。
メインマシンを持ち歩くのが一番だろう。仕事、できちゃうし。体を鍛えられるし。やせるかもしれない。
なんでこんなことに気がつかなかったんだろう。おれのメインマシンは、ちょっと重いけど持ち歩けるじゃないか。
iMacの大画面もいいけど、この13インチの画面で事足りてるってことに、薄々気づいてたじゃないか。

そういうわけで、私のかねてからのメインマシンMacBookは、私の健康のために毎日いっしょに歩くことになりました。
お金もかからないし、一石二鳥、いや、一石三鳥かな。

2012年1月18日 (水)

年齢を感じるとき(iPhone編)

人間、年をとると不便なことが多々おきるものですが、iPhoneまで使いにくくなるとは思いませんでした。
それは「使い方がわからない」とか「字が小さくて見づらい」という類のものではなくて、指が乾いて反応せんのです(^_^;
仕方がないので手にクリームを塗るのですが、そうすると今度はiPhoneにクリームがついて脂っぽくなっちゃう。
まぁ、仕方のないことですが、ホント、最近年齢を感じます。気持ちだけは若く持っておこうと思う今日この頃です。

«気になるぞ、iPad3

告知板

  • ◎ライブ情報:1月13日(金)JAKAJAKA(ジャカジャカ)
    19時から「40kids」のライブです。ジャカジャカは小田原駅近く「ダイヤ街」にあります。ふらんす亭というレストランの2階。パチンコ屋の隣です。
  • ◎ライブ情報:12月25日 小田原シティモールクレッセ特設ステージ
    13時から14時くらいに「ずぃでだるーく」(逆から読む)というユニットの一員として、今までに無いライブを繰り広げる予定です。乞うご期待!これは、マジで乞うご期待!(^^)
  • ◎ラジオ情報:FMおだわら(78.7MHz)
    レギュラー番組 40kidsの歌はともだち 毎週月曜日午後7時から 再放送は毎週木曜日午後2時から

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